泣くまいと決めた日
私はよく泣く子どもでした。 泣くというよりは、涙を流す、涙が流れる、というほうがしっくりきます。 記憶に残る前の小さい頃は、「ちょうちょがいた」と泣き、「アリがいた」と泣いて家に戻ってきたと聞きました。 怖かったからなのか、驚いたからなのか、感動したからなのか…。 もう少し大きくなって覚えているのは、静かに泣いていたこと。 コップの水があふれるように涙が目から流れ、声をたてずに泣いていました。 そういう私でしたが、「もう人前では決して泣くまい」と決意したことを覚えています。 小学校3年生のとき。 学校で、毎日のように嫌なことを言ってくる子がいました。 からかいのようないじりのような軽いものだったのだろうと、今は思います。 でもその時の私はとても嫌で、逃げ場もなく、毎日のように学校で涙を流していました。 でもある時、「泣いても何も変わらない」ということがハッキリと頭に浮かびました。 そして、「もう泣くものか」と決意したのです。 それはちょうど幼児期から思春期へと移っていく自我の目覚めでもあったのだろうと思います。 そこから私は、自分と世界の間にひかれた心の境界線を次第に強く感じるようになっていきました。 「涙の箱」ハン・ガン 作 / きむふな 訳、評論社 AEDP®セラピスト仲間の 向裕加さん から、こちらの本をいただきました。 主人公の女の子は、嫌なことだけでなく、みんながまるで予測も理解もできないところで涙を流すことから「涙つぼ」と呼ばれていました。 「涙つぼ」は、涙を集めて売買している不思議なおじさんに付いて、旅を始めることになりました。 おじさんは、涙を注文したお爺さんのところへ向かっていました。 赤ん坊の頃以降、一度も涙を流すことがなかったお爺さんは、おじさんが集めた「涙の結晶」を全部購入して…。 この物語は、泣くべきことに、しっかりと哀しみを感じて涙を流すことがどのような人生の体験をもたらすかということを示しています。 それはAEDP®セラピーが大切にしていること。 子どものころに泣いてばかりだった私は、今は年のせいで涙もろくなりましたが、それよりもセラピーを通して、涙の大切さを深く知るようになりました。 「時おり、予想外の瞬間に、私たちを救うために訪れてくれる涙に感謝する。」 作者のハン・ガンさんのあとがきの言葉です。