”誰かとともに登る道のりにこそ安心と癒しがある”

「自分の歩いた道のりを振り返ってみないと、自分がどれだけ遠くまで来たのかわからないときがある。頂上に立つとは、たんに何かを成し遂げるということではない。長い時間をかけて影の中を歩き、その向こう側に何があるのかを知ることができる、ということだ。他の女性や、男性とともに歩く方法を学ぶということだ。ひとりで張りつめながら生きるのではなく、周りの人と助けあうことを学ぶということだ。誰かとともに登る道のりにこそ安心と癒しがあると、知ることだ。」

 

シルヴィア・ヴァスケス=ラヴァド著『夜明けまえ、山の影で』双葉社
シルヴィア・ヴァスケス=ラヴァド著
『夜明けまえ、山の影で』双葉社

家の掃除の仕事をしに来ていた遠い親戚の男性に、6歳のころから数年にわたり性虐待を受けてきた著者は、被害を親に言えないまま成長します。男性に、「内緒だよ」「お父さんに頼まれたんだよ」と言われていたからです。

被害を受けることがなくなってからも数年の間、誰にも言えずにいた著者は、高校3年生のときに、厳格で支配的な父親の怒鳴り声が引き金になって「秘密」を吐き出します。そして、それをきっかけに受診した精神科医の勧めでアメリカに留学することになりました。“忌まわしい”思い出のある場所を去り、新しい地で人生を過ごすために。

しかし性虐待のトラウマによる影響が現れ始めます。ワーカホリックになり、アルコール依存とセックス依存を抱え、苦しむようになります。

さらに愛する人を失うという辛苦のどん底へいたり、故郷のペルーの母の勧めで、伝統的に行われてきたアヤワスカという幻覚剤を用いた儀式を受けます。そこで著者は、6歳の自分のイメージと出会います。

この女の子を、自由にしてあげたい。山に連れて行ってあげたい。

登山はその強い思いから始まりました。

そうして、最高峰のエベレストへ向かいます。

女の子を、地球で最も高いところへ連れて行ってあげるために。


体調や悪天候で困難を極めた中、著者は世界最高峰へたどり着きます。

そして、冒頭の引用に思い至るのです。



山登りのメタファーは、セッションの中で時々現れることがあります。

自分が歩いてきた道。これから歩いていく道。

頂上に至るということ。

そして下っていくということ。

共に歩む人。

歩調を合わせて同行しているわけではない、でも同じ山を登る誰かの存在。



登山をしてきた私にとって、「山」は身体に浸み込んでいる記憶。

ですので、クライエントさんから現れてきたイメージに私の身体記憶も同調していきます。




同書の巻頭のメッセージ。


山をメタファーにして語ってくれたクライエントさん、

これから出会うクライエントさん、

みなさんに送ります。