「気持ち」を受け取る
誰かと一緒にいるというのは、「気持ち」をやりとりすることなのだと思います。
以前書いた記事「心に残る人」、私は、あの人の気持ちを受け取っていたのだなと思います。
そしてあの人は、私に「気持ち」を贈ってくれていたのだと、亡くなった今はしみじみと感じるのです。
私は「気持ち」を贈るのも受け取るのも、かつてはあまり上手にはできませんでした。
私から贈られてもうれしくないんじゃないかとか、
返って気を遣わせてしまうんじゃないかと思うと、
これなら迷惑ではないだろうと思うような、
なるべく相手の気を遣わせないようなだけの量や内容の「気持ち」を選んで贈っていたのだと思います。
でもいつもうまくできたわけではありませんでした。
受け取るのも下手だったのは、幼少期から覚えています。
プレゼントをもらっても、どう喜びを伝えたらいいかわからないし、
それよりも、「こんなことしてもらって気を遣わせてしまってる」と不安になったりしたものでした。
子どもなのに。
相手が私のためにかける“労力”が少ないと、ホッとして、
相手が私のためにすることを、労力を使わせてしまっている、と思うことがありました。
今の私は、そういう面ではすっかり変わったと思います。
今の私は、人と気持ちを交わすことを、とても大切なことと思っています。
それは、私に贈ってきてくれていたものを、私が受け取れるようになり、私の中にあるということを感じられるようになり、それをありがたいと思うようになってきたことと重なっています。
たくさんの出会いがあり、年相応ぐらいにはいろいろな経験をして、そして心理療法のトレーニングを受け、先生や仲間の支えを得て、
周りにたくさんあった「気持ち」に気づくようになりました。
「心に残る人」の方は、心を動かされるような、でも深く安定しているようでもある感じの「気持ち」を贈ってくれました。
クライエントさんからもたくさんいただいています。
お一人お一人との出会いと時間が、私の中にあります。
クライエントさんの涙、力強いよろこび、静かな充足。
私に見せてくれたたくさんの「気持ち」、私への「気持ち」、
クライエントさんから、いつもたくさんいただいています。
だから、私の心の中には、クライエントさんお一人お一人が存在してて、
その存在を感じることは、私にとって大切なことなのです。
それが、「カウンセリング」という特別な出会いを通して経験していることです。