背負いすぎている荷物
生きてきた中で背負ってきた荷物。
望まないにもかかわらず乗せられてしまった荷物や、自ら引き受けて負った荷物。
下ろせるものならば下ろしたい。
けれど、どうやって下ろしたらよいのかわからないとか、
誰も引き受けてくれないから、下ろすことはできないとか。
荷物がこんなにも大きく重いことも、
それなのに下ろして軽くすることができないことも、
どちらも辛いことです。
カウンセリングではしばしば、「肩の荷が下りたような感じ」という体感を表現してくださることがあります。
そこまでに至るプロセスはいろいろなのですが、
苦しんだ自分に気づき、悼み、悲しみ、
それを私と分かち合うなかで、
大きな息が吐きだされたあとに、肩の荷が下りて軽くなったような感覚を体験されます。
本当に大きく、重い荷物でした。
でも、ここに至るまで、それを背負って歩まざるをえなかったのですよね。
よく歩いてこられました。
よくここまでたどり着いてこられました。
「小休止」を体験されると、本当に背負うべき荷物や自ら背負っていきたいと思う荷物と、下ろしてもよい荷物とが、すっきりと整理されます。
そして、荷物を下ろしてみる。
負わなくてもよい荷物がない軽さを感じると、視線は、次の一歩へ向いています。
下ろした荷物に名残惜しいような気持ちも感じながら、でも、
向かいたいその先には、広がる空や地平線が見えてくるというお話をしてくださいます。
私はそこで、その明るく輝く空や、広がる地平線を一緒に感じさせてもらうのです。
こんなにも大きな荷物を背負いながらも歩んでこられたクライエントさんの力強さや忍耐力に敬意を感じながら、同時に、
新たな歩み、これまでとは違う歩みを、おだやかながらもしっかりと前を見て踏み出す、その確かさに、
人の生きる力と素晴らしさを感じさせてもらいます。